学校紹介

ご挨拶

鎌倉早見美容芸術専門学校 校長 大田裕多佳

「人格第一、技術これに次ぐ」

これは、学園創設者の遠藤千之先生の言葉で、早見の建学の精神の柱となっております。

これが、「美容師から美容家へ」という美容学科の標語になります。

「理論的背景を持つ正確な技術」の習得こそが、より高い技術者としてはもちろん、発想豊かな美容科として成長していく礎になると信じております。

早見では、人間的成長を促すことを教育の本質と考え、一方で「市場価値の高い人材の育成」を目標に、学生諸君の夢を実現できるように取り組んでいます。

自由な発想の中から様々な表現ができるようになることを願い、カリキュラムの編成やシラバスの充実に努めています。

鎌倉早見美容芸術専門学校 校長 大田裕多佳

建学の精神

人格第一、技術これに次ぐ

人格第一、技術これに次ぐ

この建学の精神の柱は、学園創設者遠藤千之先生の美容教育への熱い思いです。

美しさを引き出し、人を美で装う「美容」は、まさしく人とのふれあいの日々です。人と接することからはじまるこの仕事は、みずからのありかたがそのまま映し出されます。

人としてあるべき姿を見つめ育てること、その上でなされる「技」であること。技術を磨くだけではない、人としての成長を促す学びの場となるよう指導をしています。

向上心が強く、人に優しい という早見を巣立った卒業生への評価は、まさに、早見の思いを受け継ぐ姿のあらわれです。

美容家の育成

早見では「美容はアートである」と位置付け、美容を単に技術のみにとらえるのではなく「美容師」にとどまらない「美容家」の育成に励んでまいりました。

真の「美容家」とは、メイクやファッションまでを含めた、トータルで美しさを提案できる力を持つこと。 その美の追求のために、造形やトータルファッションに及ぶ多彩豊富なカリキュラムを用意し、きめ細やかな指導を心がけています。

沿革

1925年(大正14年) 鎌倉に早見美容院を開設
1938年(昭和13年) 遠藤千之先生により月刊『国際美容』誌が創刊
1940年(昭和15年) 同誌主催「日本国際美容第1回全国大会」が鎌倉で開催
1946年(昭和21年) 鎌倉・東慶寺に美容夏期大学を開講
1947年(昭和22年) 神奈川県の認可を受け「早見美容学校」設立
初代校長に遠藤千之先生就任
1949年(昭和24年) 美容師法が制定され、最初の認可校のひとつとなる
1952年(昭和27年) 遠藤先生により著「Visual Beauty Manual」が翻訳出版
1958年(昭和33年) 遠藤先生により著「Hair design」を翻訳出版
1965年(昭和40年) 学校法人として認可され「学校法人早見芸術学園」となる
「Van Dean Manual」が翻訳出版
1966年(昭和41年) 第2代校長に早見一十一先生就任
1975年(昭和50年) 全日本婚礼美容家協会が設立され、初代会長に早見一十一先生就任
1980年(昭和55年) 専門学校の認可を受け、「早見芸術学園専門学校」と改称
美容研究科が専門課程となる
早見芸術学園に「公開講座美術教室」を開設
1983年(昭和58年) 早見芸術学園3号館を新築
1991年(平成3年) 第3代校長に黒澤隆先生就任
1992年(平成4年) 早見芸術学園1号館を新築
1993年(平成5年) 美容基礎科に専門課程を設置、造形研究所を設立
1994年(平成6年) 造形研究所に「日本画塾(全日2年制)」発足
美容研究科に単位制を導入
1995年(平成7年) 造形研究所に「テンペラ・油彩工房(夜間2年制)」発足
美容基礎科(専門課程)定員拡大、単位制を導入
1996年(平成8年) 鎌倉市委託公開講座開講(以降 毎年開催)
1997年(平成9年) 一連の50周年事業がスタート
1998年(平成10年) 美容師養成施設2年制移行にともない「美容学科」(専門課程)と改称
2000年(平成12年) 「スタイリスト学科(全日2年制)」発足
2004年(平成16年) 第4代校長に大田裕多佳先生が就任
2007年(平成19年) 創立60周年を迎え、校名を「鎌倉早見美容芸術専門学校」と改称
2008年(平成20年) 造形研究所を鎌倉校舎へ移転
「トータルファッション講座/総合学科高校連携」単位認定講座スタート
2009年(平成21年) 「第1回全国理容美容学生技術大会関東地区」予選出場
「ふれあいフェスティバル/横須賀市主催」ボランティア参加
2011年(平成23年) 「1Day Festa」の基礎となる「早見祭」開催
2014年(平成25年) ヘアショーを江ノ島女性センターで復活開催
2015年(平成26年) ヘアショーを生涯学習センター(鎌倉)に移し開催
2016年(平成27年) 「専門実践教育訓練」の制度指定を受ける

「初代校長 遠藤千之」について

明治30年1月1日福島県に生まれる。仙台第二中学を経て東京に遊学、日本鋼管社長の好意により渡米。サンフランシスコ市ローウェルハイスクールを経て、カリフォルニア大学に学ぶ。

在米15年余り。帰国後、早見一十一氏と結婚。戦後「日本国際美容」誌を発刊、戦後早見美容学校設立、校長就任。昭和23年理容師法制定の際、美容師の名称を独立させるため、マッカーサ司令部、国会などに運動を行う。また、美容教育の基礎づくりに尽力各種美容雑誌、新聞などに寄稿。訳著に「ヴィジュアル・ビューティ・マニュアル」「ヴァンディーン教科書」「ニューベリー・ヘアデザイン」など。

昭和40年12月、学校法人早見芸術学園を創立、理事長に就任。昭和32年より日本ヘアデザイン協会理事、設定委員。昭和41年4月20日逝去。

正しい美容図学 1967年9月15日初版発行ニューベリー・ヘアデザイン