- 発表者:平田行雄
- 第8号「創作」 『団地の入り口』
麻布にエマルジョン地・油彩 50M
Femme fatale・・・ 辞書をひくと「妖婦」とか「毒婦」とかの訳語がついているが、文字通りに訳せば「運命の女」。ひとたびこの女に出会うと、身を滅ぼすことが分かっていても逃れられない強い魔力をもった女。ホセにとってのカルメンなどは、その典型か。魔力は大げさとしても、画家にとっては、運命的な力をもった風景というものがあるのではないだろうか。セザンヌにとってのサント・ヴィクトワールなどがすぐ思い浮かぶ。
もちろん、通りすがりに見た一瞬の風景が忘れがたいということもある。しかし、それよりも毎日慣れ親しむにつれ、徐々に心にしみ込んでくる風景もある。朝夕見慣れた何の変哲もない駅前通りの団地の建物群が、ある日突然胸に迫ってきた。漠然とあこがれていたヴェニスの運河やパリの街角がにわかに色あせて、ここにこそ描くべき風景があるように思われた。幸いこの思いは、神奈川勤労者美術展のひとりの審査員には通じたようで、初出品初入賞した。ビギナーズラックというべきで、いま見ると、技量的にいかにも拙劣だと自分でも思う。しかし、5年前、この風景が突然「描くべきもの」として目の前に現れてきたときの感動と、その感動を50Mのキャンバスに定着しようとして一年間悪戦苦闘したときの記憶は鮮明に残っている。
なお、このとき初めてキャンバス作りの手ほどきを受け、既製品に較べていかに描き心地が違うかを実感した。(2002・9・27記)